事例集

【事例集】家族が認知症になったとき

家族の介護は、必ず取り組まなければいけない問題といっても過言ではありません。

介護の中でも問題が多いとされているのが、認知症です。

筆者は訪問介護事業所・介護施設の認知症フロアに勤務経験があり、ご本人だけではなくご家族とも多く関わってきました。

訪問介護事業所の勤務経験の中で、心に残っているケースが3つあります。

  • ご本人が認知症を認めないケース
  • ご家族が認知症を認めないケース
  • 老々介護で認知症の症状が進んでしまったケース

それぞれ事情がある中で、考えさせられること・学んだことの多い事例でした。

この記事では事例集として、この3つのケースについて詳しくご紹介します。

本人が認めない・Aさんのケース

Aさんは80代後半の女性。

息子さんご夫婦とお孫さん2人の5人家族でした。

Aさんはとても気丈な方で、「自分は健康だから病院は行かない」と言い張り、体を動かすことが大好きな女性でした。

かみ合わない会話

訪問介護センターにAさんの息子さんから相談の電話を受けました。

「母の様子がおかしい。おそらく認知症なのではないかと思うのだが、本人は病院に行くこともしないし、絶対に認めようとしない」

息子さんが気になったのは、Aさんとの会話がかみ合わなくなったこと。

  • 日にちや時間、季節などがわかっていない ⇒ 夏なのに冬服を着たり「今日は何日?」と何度も聞いたりする
  • 孫のことを自分(Aさんの息子さん)の名前で呼ぶ ⇒ 話してる内容も息子に話すような昔の話が多い
  • 間違いを指摘されると激高する ⇒ 自分の失敗を隠したり認めようとしない

息子さんのお話から、おそらくAさんの症状は認知症の周辺症状『見当識障害』に該当していると思われました。

センター長とケアマネジャーが訪問しましたが、ご本人とまったくお話をさせてもらえないまま。

仕方がないので介護認定を受けてもらえるよう、息子さんにお願いをして帰ってきました。

徘徊による事故

そんなAさんに異変が起きたのは、訪問から1ヶ月が経った頃でした。

徘徊を繰り返すようになっていたAさんは、外で転倒し、大腿骨骨折という大けがを負ったのです。

息子さんから入院の連絡を受け、状況を確認したところ、依然としてご本人は病院での検査や介護認定を拒否し家族との関係も悪化している様子でした。

ケガの入院を利用して初めて認知症と診断

ケアマネジャーが提案したのは、入院を機に認知症の検査をしてもらったらどうかということ。

一定の年齢になると長期の入院で歩行が困難になったり、認知症が進行してしまったりすることがあります。

Aさんの入院している総合病院には、幸い脳神経外科があったため、息子さんがお願いして検査をしてもらえることになりました。

結果はアルツハイマー型認知症

病院の先生がうまく話を進めてくれたおかげで、Aさんの拒否もなく、すんなりと検査が行われたようです。

Aさんは「家族のいうことは聞かないのに、病院の先生の言うことはきちんと聞けた」「ようやく治療ができます」と息子さんのホッとされた様子が印象的でした。

退院後Aさんは介護認定を受け、グループホームに入所されました。

考察

認知症は誰でも発症する可能性のある病気です。

しかし自分が認知症だとすんなり認めることは非常に勇気のいることですし、プライドが許さないということもあります。

それは認知症に対する知識不足も考えられるのではないでしょうか。

認知症になっても、適切な治療やケアを受ければ、進行を遅らせることも可能になってきていますし、認知症は早期発見することがもっとも大切だといわれています。

事態を深刻にしないためにも、日頃から認知症に関する情報収集を行い、異変を感じたら早期に受診できるよう心がけることが大切です。

引きこもり・親の認知症を認めないBさんのケース

Bさんは50代の男性です。

高校生の頃から不登校気味で、職も安定せず、ここ数年は引きこもり状態。

80代後半の母親と同居し、母親の年金で生活をしていました。

8050問題が現実に起きている

Bさんのご家庭は、俗にいう8050問題を象徴するような状況でした。

  • Bさんは一人っ子・婚姻経験はなく親の収入で生活をしていた
  • 他に頼れる身内もいなかった
  • Bさんの母親はBさんが引きこもりであることを自分の責任だと思っていた

Bさんの父親は10年ほど前に他界、Bさんの母親はBさんを養うために仕事を続けていましたが、75歳で退職。

収入は年金だけという経済的困窮がみられていました。

これは後日わかったことですが、家の中は荒れ放題…Bさんが家事を一切しなかったため、ゴミが山積している状態でした。

近所からの通報で発覚

センターに連絡をしてくれたのは、Bさんの近所の方でした。

「近所に高齢の女性がいるが、近ごろ全く姿を見かけない。息子さんがいるけれど、チャイムを鳴らしても居留守を使われてしまう。何かあったのではないか。」

地域包括支援センターと連携を取り、何度も訪問を重ねたところ、ようやくBさんの母親と面会することができました。

Bさんの母親は87歳。会話の内容から既に認知症を発症していると思われたため、唯一の身内であるBさんに手続きをお願いしたところ、「母親は認知症なんかじゃない」「よけいなお世話だ」と一蹴されてしまいました。

しかし、Bさんの母親は明らかにケアが必要な状態…地域包括センターの担当者の方が粘り強く交渉し、ようやくBさんの母親は介護認定を受けることができたのです。

制度やサービスに関する情報不足

Bさんは、母親の状態が以前とは違うことを既に気付いていたそうです。

ただ、「どこに相談をすれば良いのかわからない」「経済的にどの程度の負担になるのかもわからない」「母親がいなくなったら自分はどうすれば良いのか」と悩んでいたのです。

これは明らかに介護保険制度や経済困窮者に対する支援などの情報不足が生んだケースです。

Bさん親子に情報を与えてくれる人が周囲にいなかったこと、自分たちで情報収集をしようとアクションを起こさなかったことが原因で、間違った情報や思い込みから母親の現状を認めることができなかったのでしょう。

Bさんの母親はショートステイやデイサービスを利用し、最終的には施設へ入所しました。

Bさん自身はうつ病と診断され、生活保護を受けながら社会復帰に向けて、カウンセリングを受けられるようになりました。

考察

Bさん親子の場合、明らかな情報不足が事態を深刻にした原因だと思われます。

親が認知症になったかも…と感じたとき、早い行動を起こすことは感情的に難しい部分があります。

認めたくないという気持ちはあっても、早い対応を行うことで、病気の進行を遅らせることもできるのです。

経済的なこと・介護保険のこと・ケアサービスのこと…どれも情報収集を行えば、最適な手段を選択することが可能ですし、深刻な事態になる前に対応してもらえます。

自分で調べるという情報収集を行うことの大切さを、実感したケースでした。

老々介護・高齢夫婦が共に認知症になったCさんのケース

Cさんご夫妻は共に80代後半。

お二人で健康に気を付け、食べ物や運動などにきちんと配慮した生活を送っていました。

しかし半年前に奥様が転倒し骨折。

大事には至らずにすみましたが、奥様の退院後から生活が少しずつ崩れ始めたのです。

妻の異変に気付けない夫

退院時はCさんが奥様を迎えに行きました。

主治医の先生は昔からのかかりつけの先生で「介護が必要になるかもしれないから、役所に相談した方が良い」と言われたそうです。

介護と言われてもCさんも80代…老々介護になる可能性が高く、専門家の介入が必要でした。

約2ヶ月の入院生活で、奥様には異変が起こっていたのです。

  • 見ているテレビの内容が理解できず何度も尋ねる
  • 日にちや時間を忘れる
  • 友人や近隣の人の名前が思い出せない
  • Cさんに対して敬語を使う

これは年齢から考えても、認知症の初期症状です。

ですがCさんはこの異変に気付くことができず、役所へ相談することもなく、事態はどんどん悪化してしまいます。

娘と疎遠になった原因は?

Cさんご夫妻には娘さんが1人いました。

しかし娘さんの結婚相手をめぐってCさんが強く反対したため、結婚後は疎遠になっていました。

後日娘さんに伺ったところ、Cさんは「あんな男と結婚するのなら、二度とうちの敷居はまたがせない!連絡もしてくるな!」と激高され、結婚式にも出席しなかったそうです。

娘さんもそこまで言われるなら…と、結婚後は実家に寄り付かず、連絡もしなくなっていたとのこと。

Cさんはとても頑固な性格でしたので、折り合うこともできなかったのでしょう。

奥様が娘さんと連絡を取ることにも難色を示していたので、娘さんはCさんご夫妻の異変に気付くこともできない状況でした。

近隣からの通報で認知症が発覚

Cさんの奥様が退院して1ヶ月たった頃、近隣の方からの通報がありました。

「近所のおじいちゃんがフラフラ歩いているのをよく見るようになった。奥さんがいたのに、全然顔を見なくなった。」

地域包括センターの担当者が確認したところ、奥様には明らかな認知症状がみられ、Cさん自身も認知症を発症されていたのです。

そのため奥様は十分な介護を受けていないことも認識できず、家の中はゴミだらけ、食事も十分に摂れていなかった様子だったそうです。

娘さんに連絡を取り、必要な手続きをしてもらいましたが、既にCさんは娘さんを忘れてしまっていて、「ご迷惑おかけしてすみません」とお辞儀をされていました。

近隣の方からの通報がなければ、事態はさらに深刻なものになっていたはずです。

通報された方は「差し出がましいと思った」「通報するまで悩んだ」とおっしゃっていましたが、最悪の事態になる前に通報をしてくださったことで、Cさんご夫妻は救われたのだと感じました。

考察

親と離れて暮らしている人は少なくありません。

ただし、認知症は誰もが成り得る病気なのです。

高齢者だけの世帯になっている場合は、定期的に連絡を取ったり、近所に住む知人に声かけをお願いするなど、何かしらの方法で安否確認を行う必要があります。

筆者はCさんのケースのように、しっかりしているように見えてもサポートが必要な状態である方を多く見てきました。

少しでも異変を感じたら、ためらわずに地域包括センターに連絡をするというネットワークの構築も早急に行わなくてはいけない課題なのです。

まとめ

家族が認知症になったら…家族だからこそ「信じたくない」「認めたくない」という気持ちが起こるのは当たり前のことです。

しかし認知症は早期発見することで、進行を遅らせたり症状を改善させたりすることが可能になります。

さまざまな事情がありますが、つらいのは「認知症かもしれない」と不安になっているご本人です。

見て見ないふりをしていても、症状は悪化するだけ。

どんな状況であれ、異変を感じたら専門機関へ相談をすることが重要なポイントなのです。

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