在宅介護は生活に大きな変化を与えます。
筆者は在宅介護のヘルパーやサービス提供責任者として、さまざまなご家庭の介護を見てきました。
要介護者の介護度・経済状態・介護者の状況など、違いはありますが、皆さん一生懸命に介護を行い、一生懸命であったがゆえに少しずつ追い込まれてしまう方が多かったのです。
この記事では在宅介護の限界について、3つの事例をご紹介します。
1・認知症の母親を介護していたAさんの事例
Aさんのケース
- Aさん:40代女性・正社員で保険会社に勤務・兄弟姉妹なし・婚姻歴なし
- Aさんの母親:60代・アルツハイマー型認知症を発症・潔癖症できちんとした性格・50代で夫は他界
仕事に行けない
Aさんは40代前半の女性。
保険会社の管理職としてバリバリと働くキャリアウーマンでした。
父親の他界後、母親と2人で支え合いながら生きている仲の良い親子でした。
母親の異変に気付いたのは家の中が汚れてきたことがきっかけでした。
きれい好きで掃除を欠かさなかったAさんの母が、体は普通に動いているのに、まったく掃除をしなくなったのです。
洗濯物も売り物のようにきっちりと畳んでいたのに、曲がって干す・取り込んだまま畳まないという日が続きました。
具合が悪いのかと尋ねても、本人は「全然!何ともないよ」と元気そうな様子。
ただ、趣味のパッチワークや絵手紙に興味を示さなくなったことが気がかりでした。
まだ60代だし、認知症になるのも早いだろう…現実を認めたくなかったAさんは、自分に言い聞かせて見ないフリをしてしまったのです。
母親が壊れていくような恐怖
Aさんが異変を感じてから3ヶ月ほど経ったとき、事態は一変します。
家にいるはずのAさんの母が行方不明になってしまいました。
近所の人達と手分けをして探したところ、裸足で公園のベンチにいる母親が発見されました。
大事には至らなかったものの、警察の人には「認知症で徘徊している可能性があるから、すぐに相談した方が良い」と言われてしまったのです。
Aさんの中でぼんやりとしていたものが、確信に変わった瞬間でした。
その後、Aさんの言葉を借りれば「坂から転げ落ちていくように」母親の病状は進行してしまいます。
徘徊・異食・睡眠障害・被害妄想…まるで母親が壊れていくような、そんな感覚になったと後日Aさんが話してくれました。
施設に入れることの罪悪感
介護申請を行ったAさんは、ケアマネジャーと相談し、自宅へのヘルパーの派遣とデイサービスの利用を始めました。
しかし病状の進行が早く、自宅での介護に限界を感じるようになります。
「施設への入所を考えたらどうか」とケアマネジャーや相談窓口の担当者から提案されたAさん。
今まで二人三脚で頑張ってきた母親を、施設に入れる罪悪感に襲われたといいます。
「施設に入れるイコール介護を放棄するという気持ちが強い」と話したAさんは1年ほど在宅介護を継続しました。
最終的にはAさんの体調や仕事が不安定となってしまい、Aさんの母親はグループホームへの入所となりました。
2・肺気腫の父親を介護していたBさんの事例
Bさんのケース
- Bさん:30代女性・シングルマザー・離婚と同時に実家で同居・小学生の息子がいる
- Bさんの父親:60代・50代で肺気腫を患う・愛煙家・お金に無頓着な性格
- Bさんの母親:60代・50代からガンの治療を継続中・生まれつき身体が弱い
どんどんワガママになっていく父親
Bさんは30代女性。
夫と離婚後、小学生の息子さんを連れて、実家で両親と同居していました。
父親は要介護2で在宅介護を行っており、母親はガンの治療中。
体は動くものの、年齢的にも不自由さが出始めている状態でした。
父親は肺気腫を発症した50代で仕事をリタイヤしており、収入的には年金のみ。自営業だったこともあり、経済的には苦しい状況だったそうです。
Bさんはとても活動的で明るい性格だったため、同居したことについて母親は大きな安心感を覚えていました。
問題だったのは父親の性格です。
病気を発症する前から自分勝手なところがあり、昔でいう亭主関白な面が際立ってきていました。
- 何でもかんでも人を呼びつけて用事を頼む
- お金がないのにテレビショッピングなどで勝手に食品を頼む
- 医師に禁止されているにもかかわらず煙草をやめない
Bさんは日中仕事をしていたので、母親の負担が非常に大きくなっていたことが問題点でした。
人付き合いの嫌いなBさんの父親は、デイサービスなど他人との交流を拒否。
往診の医師や看護師以外の人の出入りも完全に拒否していました。
病気だから…と言い聞かせていたものの、あまりのワガママに腹が立つとBさんは不満を募らせていきます。
入退院を繰り返し経済的に困窮
好き勝手をしていても、やはり病気は手加減してくれません。
Bさんの父親はたびたび呼吸困難を起こし、救急車で搬送→入院という状況に陥ってしまいます。
後期高齢者に該当しないため、治療費負担は3割。
ICUに入ることもあり、1回の入院費は10万から15万円かかっていました。
原因はタバコと医師に言われていたため、何とか禁煙させようとBさん母娘は話し合いをしますが、父親の答えはNO。
経済的に困窮していることをハッキリと伝えても、暖簾に腕押し状態だったとBさんは疲弊していました。
忙しすぎて相談窓口を探す暇もない
働けない両親と息子を抱えたBさんは、一家の大黒柱の役目も担わなくてはいけません。
フルタイムで働く一方、休みの日にはアルバイトもしていたため、とても多忙でした。
家に帰ると、母親から相談を受け、時間を作ってケアマネジャーに話をして欲しいと言われる毎日。
ただしBさんにはそんな時間すら作れないほど、仕事が忙しい状況でした。
本来であれば生活保護の検討や、介護サービスの活用、療養施設への入所などを相談すべきだったのですが、経済的に苦しい=稼がなくてはいけない=自分が働かなくてはという方程式しかBさんの頭にはなかったのです。
Bさんの父親は、その後呼吸困難となる発作を起こして他界してしまいます。
父親が亡くなってからさまざまなサービスなどを知り、Bさんは「何かもっとできることがあったのかもしれない」と後悔したと話していました。
3・末期がんの母親を介護していたCさんの事例
Cさんのケース
- Cさん:40代女性・夫、2人の息子、母親と同居・パートで生計を支えている
- Cさんの母親:70代・40代からガンの治療を行う・再発を繰り返し転院も多くしている
具合が悪いのはわかるけど…
Cさんは40代女性。
夫・2人の息子と生活をしていましたが、Cさんの父親が他界したタイミングで、母親と同居を始めました。
息子2人は学費もかかる年齢で、5人の生活は光熱費や食費もかさむため、フルタイムでパートの仕事をしていました。
Cさんの母親は70代。
40代で乳がんを発症し、その後甲状腺がん・卵巣がんとガンの治療を長く続けている状態でした。
要介護の申請をしたものの、特定疾病に該当しないと判断され、介護保険の受給ができず、一人で生活させるには無理があるという判断で、同居を始めたそうです。
しかし同居を始めてから1年後、追い打ちをかけるように多発性骨髄腫(血液のガン)が母親を襲いました。
年齢的に移植などの積極的な治療ができず、抗がん剤の治療を通院で行うことになったそうです。
「今思えば母親もショックだったんだと思います」と後日Cさんは話してくれましたが、昔の母親とは打って変わって、非常に頑固でわがままになってしまったのです。
具合が悪いのも不安なのもわかるけれど、母親の言動にイライラさせられる日が続きました。
仕事も趣味も子育てもできない
Cさんの母親は週1回、通院で抗がん剤の注射を打たなくてはいけませんでした。
Cさんの母親は脊椎側彎症(せきついそくわんしょう・背骨が湾曲してしまう疾病)も併発していたため、通院介助の必要がありました。
それ以外にも買い物・銀行・役所など、外出するにはCさんの送迎がなければ何もできない状況のため、常にCさんが在宅していなければ難しい状況になってしまったのです。
母親の収入は年金のみ。5人の家族を支えるために働いていたCさんの収入が減り、経済的にも苦しくなりました。
家にいる間は母親の介護・家事で精いっぱい。子育てや趣味に時間を割くこともできず、家の中がだんだんとギスギスして、喧嘩も増えてしまったそうです。
夫や子どもとのレジャーなんてもってのほか。友人と会うことすらできない生活に、Cさんは苦しめられていきます。
「実の母親だから」「産んで育ててもらったんだから」と言い聞かせても、ストレスの多い生活に段々と追い詰められてしまうのです。
看取りの難しさ
Cさんの母親は多発性骨髄腫の治療中、肺ガンが進行し、末期であることがわかりました。
在宅か入院か…Cさん家族は選択を迫られましたが、あまり病状がよくないと医師が判断し、入院となりました。
「孫や娘のいる家で最期を迎えたい」Cさんの母親は以前から口癖のように希望を話していましたが、母親の病状は在宅では厳しいものでした。
毎日病院へ行き、様子を見に行くたびに「家に帰りたい」と話す母親を見ると、Cさんは罪悪感にさいなまれたと言います。
在宅医療はできないものか、いろいろ調べたCさんは、「母親が苦しい思いや痛い思いをしないためには入院が最良の方法だ」という結論にたどり着きます。
しかしその後2ヶ月もしないうちに母親は危篤状態となり、Cさん家族に看取られながら他界してしまいました。
「本人の希望をかなえてあげたいと思っても、経済的な面や病気の進行具合でできないこともある」
「母親の希望をかなえてあげられなかった」「痛いとか苦しいとかは病院で何とか出来たのだろうか」とCさんは看取りの難しさを話してくれました。
まとめ
在宅介護を行う状況は1つではありません。
- 経済面
- 要介護者の状態
- 家族構成
など、さまざまな状況に対応しなければいけない問題を抱えています。
相談窓口や専門家へ相談したくても、忙しい毎日に追われてできないという人も少なくありません。
ただし、解決の方法はゼロではないのです。
介護者が疲弊し、通常の生活を送れなくなってしまっては元も子もありません。
限界を感じる前に何らかの解決策を見出す…それは介護者本人だけではなく、周囲の人間でも構わないはずです。
SOSを出せなくても、SOSに気付くことのできるサポート体制が在宅介護の限界を救うのではないでしょうか。