要介護の状態になった親の介護をどうするか…
家庭にはそれぞれ事情があり、全て在宅で介護を担うことは難しくなってきています。
自分の親の場合は、できれば在宅で一緒に生活したいという気持ちも大きいですが、調整が厳しい現実も認めなくてはいけません。
在宅で介護ができない場合は、施設への入所を検討することになりますが、中には施設への入所を拒む親御さんもいらっしゃいます。
万が一、親が施設の入所に難色を示した場合にどのような対応をするべきなのか、訪問介護を担当していた筆者の体験談をもとに、3人の利用者さんのケースを事例としてご紹介します。
【事例①】人嫌いなAさんのケース
Aさんは70代半ばの男性。
60代後半からさまざまな病気を患い、70代になって軽度の認知症を発症しました。
Aさんは奥さまと2人暮らしで、近所に娘さんと息子さんが住んでいました。
在宅介護を受けていたAさんは、施設を毛嫌いし、デイサービスにも行こうとしないと奥さまが悩んでいらっしゃる状態でした。
年を重ねてから偏屈に
奥さまの話では、病気を患う前は非常に明るく、前向きな性格だったというAさん。
退職後は2人で自由気ままな暮らしを楽しんでいたそうです。
子供たちとの関係も良好で、週末には孫が遊びに来ると張り切って料理をするような方だったとのこと。
しかし、筆者がお会いした時のAさんは、非常に気難しく、激高することも多くありました。
Aさんが怒鳴り散らす中、「ごめんなさいね」とヘルパーに謝る奥さまが印象的で、認知症の進行が顕著になった段階で施設への入所を検討されたときは、長期戦になることを覚悟していました。
奥さま・子どもさん達の本音
Aさんの家族はもともと仲が良く、長男のお嫁さん・長女のご主人も含めて、良好な関係を築いていました。
経済的に余裕のあるAさんは、子どもや孫のために援助をしたり、Aさん主催で毎年旅行に出かけたりしていたそうです。
そんなA家が変わってしまったのは、やはりAさんの病気が原因だったとのこと。
イライラし、奥さまに当たり散らすAさんを見て、子ども達は幻滅し、孫も「おじいちゃん怖い」と家に寄り付かなくなりました。
そのことも影響したのか、奥さまへの対応は年々悪化し、子どもさん達は「このままではお母さんが倒れる。施設への入所を考えたい。」という結論を出していました。
奥さまは長年連れ添ってきたご主人を見捨てるようで…と最初は乗り気ではありませんでした。
ショートステイや見学会に参加
Aさんの担当ケアマネージャーは、施設に関するさまざまな情報を収集し、いきなり入所ではなく、ショートステイや見学会を利用してはどうかという提案をしました。
以前とは違うAさんの様子に疲れ切っていた奥さまは、まずショートステイを利用することから始めました。
自分の体調が悪く入院しなくてはいけないからその間だけ…と始めは2週間、その間に条件に合った施設を探し、奥さまは見学会や相談会に参加していったのです。
見当識障害が顕著になってきていたAさんは、そのうちショートステイに慣れ、他人と接することで少しずつ変化が見えてきました。
Aさんの入所は奥さまにとって苦渋の決断でもありましたが、入所後はAさんも落ち着き、今では面会に行くと笑顔で出迎えてくれるそうです。
【事例②】家族と離れるのが嫌なBさんのケース
Bさんは70代後半の女性。
娘さん夫婦、お孫さん夫婦、ひ孫の4世代で暮らす大家族のおばあちゃまでした。
70代半ばから認知症を発症されていましたが、家族に見守られ、心穏やかに暮らしていたのですが、娘さんのご主人の他界、お孫さん夫婦の転勤と、家族が少しずつ変化を迎えていたのです。
仲の良い4世代家族
Bさんのご自宅は、昔ながらの大邸宅で、近所でも有名な仲良し家族でした。
娘さん夫婦・お孫さん夫婦・ひ孫の4世代8人の大家族でした。
もともと農業を営んでいたBさんの後を娘さんのご主人が継ぎ、一家で手広く農業をされていました。
しかし、娘さんのご主人が事故で急逝され、同じタイミングで会社員をされていたお孫さん夫婦に転勤の話が…。一気にいろいろなことが起きたせいか、Bさんは大変混乱され、体調も崩しがちになってしまいました。
結局8人の家族はBさんと娘さんの2人きり。今まで大人数で行っていた介護を娘さんが一人で担うことになったのです。
家族に見捨てられたという感情
Bさんは、状況をあまり理解できておらず、「見捨てられた」「嫌われた」というようなことを頻繁に口に出すようになってしまいました。
娘さんは心労がたたって体調を崩しがちになり、介護もままならない状態になっていました。
Bさんの認知症の症状にも進行が見られたため、娘さんと話し合い、施設への入所を検討し始めました。Bさんは人づきあいがとても上手な方だったので、デイサービスなどの利用は問題なく行えていました。
ケアマネジャーを含む関係者のカンファレンスで、デイサービスで通っている施設への入所を少しずつ進めることになりました。
有料老人ホームへの入所を選択
認知症は思いがけない被害妄想を生むことがあります。
Bさんの例は、あまりにも多くのことが一気に押し寄せ、感情が付いていかなかったことも考えられました。
Bさんの娘さんの体調のこともあり、最終的にはデイサービスで利用していた有料老人ホームへの入所を選択されたのです。
ショートステイを利用しているときは、「家族に見捨てられた」と介護士に話していたという報告を受けていたので、入所時にどんな気持ちになるのか心配をしていたのですが、準備期間があったこともあり、穏やかな状態で入所されました。
介護士に顔見知りの人がいたこと、入所者の中にもデイサービスを利用されている方がいたこと、施設に慣れていたことなどが功を奏したようです。
【事例③】生活環境の変化が怖いCさんのケース
Cさんは80代前半の女性。
60代でご主人に先立たれてから、ずっと一人暮らしで頑張ってきた方でした。
とても気丈な女性でしたが、人付き合いが苦手で、ヘルパーとも慣れるのに時間がかかりました。
それでも慣れてしまえば笑い話をしてくださる明るい面も持ち合わせていた方でした。
一人暮らしで頑張ってきた20年間
Cさんはご主人を亡くされた後、20年間一人暮らしをされていました。
2人の子どもさんは非常に優秀で、長男の方は外国でお仕事をされていて、次男の方は起業して忙しい毎日を送られていました。
約10年前にガンが判明し、手術をしたときに、次男の方から一緒に暮らさないかという話があったのですが、その時点では大丈夫だとお断りされたそうです。
「一人暮らしは寂しいとか言われるけど、気楽で良いのよ」がCさんの口癖。
でもそんなCさんにも一人暮らしが危ぶまれる事態が起きてしまいました。
転倒による骨折です。
骨折は足の数カ所に及び、骨粗鬆症があったことから、家族の方が思っていたよりも重症という診断でした。
入院期間も長くなり、退院が決まった頃には歩くのがおぼつかない状態になってしまったのです。
誰かと暮らすことへの不安
Cさんの退院後、息子さん達と話し合う機会が設けられました。
息子さん達は費用的な面は全面的に援助するので、施設への入所を検討したいという意見でしたが、Cさんは頑なに入所を拒みました。
その理由は、「今さら誰かと一緒に暮らすのなんて息がつまる」「誰かと一緒に暮らすには不安しかない」ということでした。
ケアマネジャーが施設の見学会などで個室でプライベートが確保されていること、ある程度自由に暮らせること、常に見守りをしてくれる職員がいる安心感などを何度も伝えていました。
息子さん達は一緒に暮らすことが難しかったものの、カンファレンスなどにはできる限り出席してくださり、Cさんの気持ちも段々と和らいでいきました。
家族の不安を受け止めて入所へ
Cさんは最終的に入所を選択しました。
その決め手となったのが、息子さん達のCさんを心配する気持ちです。
離れて暮らしているからこそ、Cさんには安全・安心に暮らしてほしいという息子さん達の強い気持ちがCさんを動かしたのです。
個室タイプの有料老人ホームへ入所されたCさんは、あまりレクリエーションなどには参加されないようですが、趣味の絵手紙や書道のサークルに参加されているそうです。
家族の不安を受け止めて、みんなが安心して暮らせるように、自分の気持ちに整理を付けたのかもしれません。
まとめ
家族にはそれぞれの事情があり、自分の希望するように親を介護できないこともあります。
また親にとっても施設入所をしたくない理由があるケースも存在し、折り合いをつけるのは難しいことかもしれません。
しかし、施設の入所を選択しなければいけないこともあり、そのためには十分な準備や話し合いが必要になります。
子どもが親を心配する気持ち、親が子どもに心配や迷惑をかけたくないという気持ちは、時に介護の選択肢を狭めてしまうことがあります。
お互いにとってベストの選択肢が施設への入所であるならば、周囲の手を借りたり、じっくりと話し合ったりすることで、前向きに検討することが重要なポイントです。
さまざまな相談窓口などを利用し、情報収集なども併行して行うようにしましょう。