施設に入所する高齢者の虐待事例が多く報道されています。
介護職・看護職といった専門家による虐待行為には、目を疑うような事例も少なくありません。
しかし、高齢者への虐待は施設だけではなく、在宅で介護を行っている場合でも養護者(主に介護をしている人)に虐待されるケースも散見されます。
今回筆者は、施設入所前の実の母親を虐待してしまったという介護士・Aさんにお話を聞くことができました。
介護士という専門家でありながら、なぜ虐待という行為に走ってしまったのか、Aさんの葛藤をご紹介します。
高齢者虐待の現状
Aさんの事例紹介の前に、高齢者虐待の現状についてご紹介します。
厚生労働省が発表した令和 3 年度「高齢者虐待の防止、高齢者の養護者に対する支援等に関する法律」に基づく対応状況等に関する調査結果では、高齢者施設における虐待と合わせて、高齢者の世話をしている家族・親族・同居人など(以下:養護者)の虐待事例も報告されています。
- 令和3年に相談・通報された養護者による虐待件数は36,378件
- 虐待が発生した要因として、被虐待者の「認知症の症状」や虐待者の「介護疲れ・介護ストレス」が挙げられる。
- 虐待の種別は、「身体的虐待」が 最も多く、次いで「心理的虐待」「介護等放棄」が報告されている。
- 被虐待者の性別では「女性」が 75.6%、「男性」が 24.4%であり、女性が 8 割近くを占めていた。
また、興味深いのは、加害者の続柄が配偶者よりも息子・娘など子どもの割合が多いことです。
さまざまな対策が取られているものの、年々高齢者虐待の相談・通報件数は増加しているという実態があります。
介護士Aさんのプロフィール
今回お話を聞いたAさんに関するプロフィールをご紹介しましょう。
【Aさん】
- 40代・女性
- 地元の高校を卒業し福祉系の専門学校に入学 → 介護福祉士の資格を取得し特別養護老人ホームへ就職
- 20代の頃に結婚をしたが30代で離婚・実家で実母と2人暮らし
【Aさんの実母】
- 70代
- 30代で夫を亡くし60代後半で認知症を発症
- 施設への入所を頑なに拒んでいた
Aさんは幼い頃に父親を病気で亡くしました。
もともと体の弱かった父親を懸命に介護する母親を見て育ったといいます。
高校を卒業後、福祉系の専門学校へ行こうと決意したのも、小さい頃の経験が影響したと考えていました。
離婚後に実家へ戻ったのも『いずれ私が母親を看ることになるんだろう』という意識が自然とあったからだそうです。
【取材】Aさんの介護虐待について
介護職という専門職でありながら、Aさんは実母を介護虐待してしまいました。
どんなきっかけや経緯があったのか、Aさんにお話を伺いました。
関係が良好だった親子
ーお母さんとは以前から仲が良かった?
Aさん「はい。小さい頃から母一人子一人で生活してきたので、お互いに支え合うというか、何か困ったことがあれば自然に助け合うという意識はあったと思います。特に母が定年を迎えてからは、今まで働きづめだったので、一緒に老後を楽しめればいいなと思っていたくらいです。」
ーお母さんも同じように考えていた?
Aさん「はい。そうだと思います。「あんたに迷惑はかけたくない」と言いながら、私が離婚を機に実家へ戻ったのも母の提案でした。一人で心細かったのもあると思います。その頃は母も元気だったので、お互いにできることをやって、生活が成り立っているという感じでした。」
実母の認知症がきっかけで…
ー虐待をしてしまったきっかけはある?
Aさん「今思えば、母の認知症が発症した時期と、私が仕事で忙しかった時期が重なったんです。今まで安定していた生活が一気に崩れたような感覚がありました。母はもともと気の強いタイプの人なので、「大丈夫」「心配ない」と虚勢を張るんです。でも物忘れが激しくなって、妄想が始まって…と認知症の症状に悩まされるようになりました。」
ー虐待をしているという自覚はあった?
Aさん「ありました。私の場合は虐待の中でもネグレクト(介護放棄)と心理的虐待だったんです。母に声をかけると「うるさい!」とか「バカにするな!」などと言われていたので、「じゃあ好きにしなさいよ!」と喧嘩したのが始まりでした。私も介護職として働いていたし、学校で介護に関する勉強もしてきたので、これが虐待になるなというのは痛いほどわかっていました。」
実母の反応
ーお母さんの反応は?
Aさん「最初はしっかりしていることも多かったので、私が「あんな言い方しなくても」と文句を言うと、「あ。ゴメンね!」などと普通に謝っていました。ただ一度ボヤを出してしまったことがあって、その時は「知らない!私じゃない!」とものすごい勢いで怒りました。今思えば感情失禁(感情を上手にコントロールできない状態)で、認知症の症状ともいえますよね。」
ー仕事で家を空ける時間があって一人にするのは問題なかった?
Aさん「仕事柄、ケアマネジャーの知り合いもいたので、すぐに相談して施設への入所を検討しました。でも母は断固拒否という感じで…。私ではなく、ケアマネジャーがうまく話をしてくれても、とにかく「施設には入らない!」の一点張りでした。その頃から、私は母と話をすることが苦痛になってきて、ヘルパーさんに任せっきりの生活になったんです。」
介護士のAさんが虐待をしてしまった理由とは?
介護士という立場で仕事もしていたAさん…虐待が絶対に許されないことだということは、わかりきっていたと言います。
なのになぜ、実母を追い詰めるような態度や言葉、また何もしないという介護放棄に陥ってしまったのでしょうか。
Aさんに思い当たる理由を聞いてみました。
「介護士だから」というプライド
ー介護士としてのプライドは影響した?
Aさん「とても影響していました。私は専門職なんだ、他の人とは違うんだ、完璧に介護ができるんだなんて思っていました。周囲の人も「Aちゃんがいれば安心」と言ってくれていたので、なんとなくおごっていたのかもしれません。」
ー介護士という立場で嫌だったことは?
Aさん「ヘルパーさんやケアマネさんも、一般の人ではないので大丈夫だと思われていたんです。でもそれはそうだと思います。私もそう思うはずですから。でも余計に弱音が吐けないというか、プライドみたいなものがあったのは事実です。もっと素直にSOSをあげていれば、こんな結果にはならなかったと思っています。」
勤務先と同じストレスが家庭でも
ー介護でストレスを感じたことは?
Aさん「もう、毎日です。職場でも認知症の利用者さんを担当していたので、家に帰ってきても同じようなケアが求められる。でもやっぱり身内だと違うんです。仕事では感じないストレスがありました。昔の母を知っているから余計に「こんな人じゃなかった」「昔はもっと●●だったのに」という気持ちが大きくて、認知症の患者だと認められなかった部分もありました。」
ーストレスを発散することは?
Aさん「できませんでした。昔から仕事人間みたいなところがあって、うまくストレスを発散できる趣味を持っていなかったんです。強いて言えば母と一緒にテレビを見て笑ったり、一緒に食事をしたりすることでストレスを発散できていたのかもしれません。それができなくなると、やっぱりイライラするし、常にストレスフルの状態なので、ちょっとしたことにもものすごく腹が立つんです。職場でも「大丈夫?」って心配されることが増えてしまって、それもさらにストレスになりました。」
相談できる人がいない
ー相談できる人はいなかった?
Aさん「はい。私は一人っ子だし、父も母も一人っ子だったので、叔父や叔母、いとこという存在がいなかったんです。小さい頃は何とも思わなかったのですが、身内のいない寂しさみたいなものを強烈に感じました。自分が介護の仕事をしていることはみんな知っていたので、友人たちも「Aなら安心」という目で見ていたんですよね。だから誰かに弱音を吐いたり、相談に乗ってもらうことはできませんでした。」
ー公的機関への相談は考えなかった?
Aさん「そうなんです…今ならすぐに思いつくのに、当時は変なプライドが邪魔して、公的機関への相談はしませんでした。しなかったというよりはできなかったと言った方が正しいかもしれません。」
ー担当のケアマネは?
Aさん「仕事関係の知り合いだったので、何となく言いづらいというか…。私が介護虐待していることを悟られないようにするので精一杯でした。一度オムツを交換せずに発赤(皮膚や粘膜の一部が充血して赤くなること)が出てしまって、その時は自分でもびっくりするくらい慌ててしまいました。でもケアマネさんは「Aが専門職なのに恥ずかしいと思っている」と感じたようで、特にお咎めはありませんでした。でもそれから介護放棄から心理的虐待に移行してしまったように思います。」
介護うつの発症
ー介護うつを発症した?
Aさん「はい。もういっぱいいっぱいだと自分で認めた頃から、何をしても気分が晴れず、楽しいと思えることがなくなりました。母のことも自分の事もどうでも良くて、「いなくなりたい」とか「生きていてもしょうがない」と思うようになってしまったんです。」
ー介護うつに気付いたきっかけは?
Aさん「職場の上司が異変に気付いてくれたんです。介護の職場って、ストレスが多いので健康診断と一緒にストレスチェックもやるんですが、私はチェックをする必要もないくらいおかしかったと言われました。心療内科を紹介してもらって受診したんですが、まぎれもないうつ状態だと診断されました。」
ー治療はした?
Aさん「しました。定期的カウンセリングと薬を処方されて、驚くほど楽になったんです。カウンセラーの先生には自分の気持ちを正直に話せました。「自分でも親にこんな気持ちを抱くなんておかしいと思っている」って伝えたら、「それだけ介護に真剣に向き合っている証拠だ」って言ってくれたんです。その言葉を聞いたときに、涙が止まらなくなって、たくさん泣いたらスッキリしたのを覚えています。母が認知症になってからツラいことはいっぱいあったのに、泣けなくなっていたことがもう正常じゃなかったんですね。」
Aさんが今思うこと
職場の上司の紹介で、Aさんの母親はショートステイを利用しながら、施設入所へ向けた準備を行っているそうです。
Aさんの介護うつも改善の傾向が見られ、現在は仕事にも復帰し、母親との面会も苦痛ではなくなったと話してくれました。
ーAさんが今思うことは?
Aさん「とにかく一人で抱えないことだと今なら思えます。介護は長期戦ですし、病気の看病のように完全に良くなるということはないので、自分のキャパを知って頼れるべきところに頼るというのがとても大切なんですよね。どんなに仲の良い親子でも、介護にはストレスがつきものですし、中には介護が原因で仕事を辞める人もいます。でも何か結論を出す前に、その結論が正しいのかどうか、公共機関や専門職に相談すること!そこから見極めるのでも遅くはないんです。虐待をするくらい追い詰められているのなら、少しでも力になってくれる‟何か”を探さなくちゃいけませんよね。」
Aさんは、今でも心療内科に通院していますが、以前よりも仕事に対する意欲や、母親への感謝・愛情も持てていると言います。
高齢者の虐待は対岸の火事ではありません。
自分に起きるかもしれない事例として、考えさせられるお話でした。