事例集

【取材】身近にある8050問題・共倒れになりつつあった家族の記録①

引きこもりの子どもを持つ親にとって、子どもの幸せを強く望むことはごく一般的な感情です。

しかし中には親の高齢化に伴い、家族が共倒れする危機に直面してしまうケースも少なくありません。

この記事は、現代の日本で大きな課題となっている8050問題に直面した、ある家族の記録です。

他人事ではなく、いつ誰にでも起こり得る8050問題について、考えてみましょう。

8050問題とは?

8050問題とは、80代の親が50代の子どもの生活を支え、経済的・精神的に追い詰められてしまう問題のことです。

8050問題の背景には、子どもの引きこもりが深く関係しています。

厚生労働省の『令和5年版 厚生労働白書』によると、8050問題とは『高齢の親と働いていない独身の50代の子とが同居している世帯に係る問題』と定義し、ひきこもりになってからの期間は20%以上の方が7年以上だと報告されています。

精神疾患や障がいなど、さまざまな原因によって思うように働けない子どもを守る親…一見当たり前の構図のように思えますが、親が歳を重ねていくことにより、問題は深刻化していくのです。

『社会に知られたくない』『働いていないなんて恥ずかしい』と隠してしまうケースも多く、自らSOSを発信することもできずに、共倒れに近い状態に陥っている人たちが少なくないのが現状といえるでしょう。

8050問題に直面していたS家のプロフィール

筆者は知人から紹介されたS家の人たちを取材する機会をいただきました。

【S家の家族構成】

  • 父親:80代前半・70代で脳梗塞を患い要介護状態・主な収入は年金のみ
  • 母親:70代後半・結婚後はずっと専業主婦・夫の退職金と年金で何とか生活している
  • 息子:40代後半・中学生の頃から不登校が始まる・就職経験はなし

息子のTさんは中学生のときに壮絶ないじめに遭いました。

学校側に相談したり、フリースクールの利用を検討したりとさまざまな方法を試したそうですが、Tさんが学校へ行くことはありませんでした。

高校へも行かず、部屋からほとんど出ない生活に、ご両親はこのまま引きこもりになってしまうのではないかと心配していたそうです。

現在は社会的な支援を受けることができていますが、支援を受けるまでの長い期間、S家ではさまざまな問題が起きていました。

8050問題かもしれない…母親の立場から

子どもの幸せを願う母親Kさん。

寄り添っていたはずの息子は引きこもりとなり、頼りにしていた夫は大病を患うことに…。

Kさんの立場から見ていた当時の状況はどうだったのでしょうか?

不登校からニートへ

ーTさんはいつごろから不登校に?

Kさん「中学生のときです。いくつかの小学校の生徒が集まる中学校だったんですが、どうやら他の小学校の子や上級生とうまくいかなかったらしくて。部活でものすごいイジメられて、それから学校に行けなくなりました。」

ー高校への進学は?

Kさん「私たちは何とか方法がないかと探したんですが、本人はまったく行く気がなくて。学校側もあまり親身にはなってくれなかったので、進学相談とかはできませんでした。結局高校には行かず、就職もしませんでした。」

怒れなかった子ども時代

ーTさんは子ども時代どんな子だった?

Kさん「小学校までは本当に活発で、体を動かすのが大好きな子でした。学校から帰ってくると、すぐにお友達と外へ遊びに行って、暗くなるまで帰ってこないような子だったんです。」

ー子ども時代に何か気になることはあった?

Kさん「強いて言えば、私が怒れなかったことかなと思います。Tは何となくその場の空気を読み取るようなところがあって、それが私にもわかるんです。とんでもなく悪いことはしませんでしたが、一人っ子だし、可愛い可愛いで育ててしまったところはあるかもしれません。」

ーお父さんとの関係は良好だった?

Kさん「夫はあまり厳しいことは言わなかったけど、自分から積極的に話しかけるタイプではありませんでした。小さい頃はTも『お父さん、お父さん』とくっついて回っていましたが、中学に入ったころからは、あまり話している様子は見ていません。」

お金の苦労をさせない努力が裏目に

ー学校へ行かなくなってからはどんな様子だったのか?

Kさん「イジメが原因だったことは明らかだったので、とてもかわいそうだと思いました。主人は学校へ行けるようにしてやりたいと言っていましたが、私はどこかで無理をさせたくないと思ってしまって。息子が必要だという物は買い与えていたし、お金の苦労はさせないようにしてしまった部分があります。」

ーTさんが働かなくても大丈夫な環境があった?

Kさん「主人が働いていたころは大丈夫でした。息子が大学へ行くことを想定して貯金をしていたし、主人のお給料も生活するには問題ない金額でしたし。定年退職したあとも嘱託で働くことになっていたので安心していたのですが、病気をしてしまったので、まったく状況が変わりましたけどね。」

8050問題かもしれない…息子の立場から

イジメによる不登校から引きこもりになってしまったTさん。

現在は支援を受けながら少しずつ働き始めていますが、当時はどのような状態だったのか、どんな感情を抱いていたのかについて伺ってみました。

働かなくても食べていける?

ー今、健康的な問題はないか?

「ありません。ただアレルギーがあるので、春先はくしゃみや目のかゆみの症状が強くなります。それ以外に身体の不調を感じることはあまりありません。おかげさまで健康体です。」

ー中学卒業後、自分が働かなくても食べていけると思っていたか?

Tさん「思っていました。家が特に経済的に困っている様子もなかったし、父親はそこそこの会社に勤めていましたし、まだ子どもだったので経済的な観念がなかったんだと思います。」

ーお父様が倒れてからは?

Tさん「母親が『厳しい』と言っていたのは知っています。でも私自身の実感は正直なかったですね。食べ物がなかったり、電気が止まったりという一般的な貧困家庭まではいっていないと思っていました。」

母親はいつまでも元気

ーお母様ももうすぐ80代。今後に不安はある?

Tさん「ないと言えばウソになります。父親と母親の年金がメインで生活していたのは知っているし、自分の稼ぎもほんの少しなので。貯金が山ほどあるというわけでもないのもわかっています。でも何となく、母親はいつまでも元気なんじゃないかという変な自信があります。」

ー働こうと思ったことはある?

Tさん「20代の頃は何かしら働こうと思っていました。求人も20代ならたくさんあったし、学歴がなくても働ける仕事もあったので。でも40代になって中卒で仕事をしたことがないオッサンなんて、どこにも働く先はないなと思いました。」

漠然と感じる危機感

ー8050問題を知っているか?

Tさん「詳しくは知りませんが、テレビなどで聞いたことはあります。子どもが引きこもりで親が面倒をみるという解釈で合っているのであれば、我が家は8050問題に該当しますよね。」

ー8050問題をどう思う?

Tさん「私はイジメに遭って、人間不信になった部分があります。信用できる人間がいない。それに今さら働き口もないし、結婚なんてできるわけがない。この家にしか私の居場所はないと思っていました。幸い精神疾患などはなかったようですが、私よりも壮絶な思いをしている人もいるはず。引きこもりを悪として考えているケースが多いので、根本的な部分を見直さなきゃいけないんじゃないかと感じます。」

【取材】身近にある8050問題・共倒れになりつつあった家族の記録②へ続く

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